絵柄は絵本のようにファンシーでかわいいけど、内容は理不尽で殺伐とした不条理系ギャグ。この絵柄と内容のギャップがギャグがひきたてられて面白い。
その絵柄と内容の乖離から、表紙の絵柄だけで購入判断すると、実際に中身を読んだとき後悔しそうだ。そのため、ハトよめはギャグ漫画であることをしっかり認識した上で購入することが望ましい。そのギャグもまた、非常に独特であるため、人によっては受け付けないかもしれない。逆に、この漫画のギャグがツボに入ってしまうと、アホの子のように笑えることこの上ない。
この漫画の凄い点は、「いいから」や「うるせえ」などという単純な一言を名言の域にまでに仕立て上げてしまうことです。ヨメは事あるごとに、これらの一言で物事を済ませようとします。このヨメの傍若無人さが、これらの一言に毒々しさを付加し、ギャグやツッコミに昇華させているわけです。
理屈っぽくこの漫画のギャグを語ってみましたが、ようは毒です。「バファリンの半分はやさしさでできている」と宣伝されていますが、この漫画の場合は「ハトよめの半分はかわいらしさでできている」と宣伝しつつ、もう半分は致死性の毒でできているようなものです。
熾烈な選挙闘争の横、この大きな話題に隠れて、もう一つ大きな騒動が起こっていました。『avex』が2chなどで有名なアスキーアート『モナー』をパクった『のまネコ』を商品化し、販売を始めたことに対し、2chを中心に反発を受けている問題だ。
この問題が湧き上がった経緯を説明します。これはわた氏が、O-ZONEの『恋のマイアヒ』という曲を利用した、AAキャラクターが動き回るFLASHを製作・公開したことから始まります。公開からしばらくして、このFLASHを利用したいとavexが要請、それをわた氏が了承する。これによって、いくらか改変が加えられた後、公式にこのFLASHがCDショップなどの店頭プロモーションビデオや音楽番組などで使われることとなります。そして9月1日、avexがこのFLASHに出てくるキャラクターを『のまネコ』と名付け、キャラクターグッズを販売を始めました。ここで初めて2ch住人から反発が湧き上がったのです。
この騒動を簡単に箇条書きで記すと、以下のような三段階に分けられます。
2ch住人が反発を起こしたのは、この3段階目です。それまでの1段階目では好意的に受け止められ、2段階目でも2chで反発が起こったという記憶はありません。
では、2ch住人は何に怒ったのか。3段階目を見ると、問題は「1.FLASHに出てくるキャラクターを『のまネコ』と名付け、オリジナルキャラクターと扱った」、「2.その『のまネコ』のグッズを商品化した」の二つの論点がある。この二つの論点の法を絡めた問題点について他のサイト様が詳しく書かれていますのでそちらを参照してください。
さて、面白いのが2の論点。これはつまり『のまネコ』の営利目的の利用が問題視されているという論点だ。しかし、箇条書きの2段階目のところを見てみよう。実はこのプロモーションとしての利用は立派な営利目的利用だ。だが、この時点では反発はなかったのである。つまり、『のまネコ』の営利目的の利用自体は怒りの発火原因ではないのではないだろうか。
これには裏づけがある。のまネコ=モナーをグッズとして販売しているところは、もうずっと前から存在しているのである。秋葉原では『あきばおー』が、コミックマーケットでは同人サークルが、というか「2ちゃんねる グッズ」でぐぐるとガンガン引っかかる。もし『のまネコ』の営利目的利用が問題視されたのであれば、既にこれらが批判の的になっていなければオカシイわけだ。しかし、現実にはこれらのグッズの商品化に対する批判は少なく、2ちゃんねらは寛容である。
販売規模が小規模だからではないか、というつっこみにはドワンゴCMと電車男(*1)等の書籍化を挙げておこう。どちらも2chを題材としているが、当時批判されるどころか好意的な感触さえあった。どちらとも2ch運営側に直接的な利益があったわけですが、2ch環境が良くなるとはいえ、2ちゃんねらに直接の収入があるわけではないし、やはり営利利用に寛容であると思う。
これらの理由により、『のまネコ』が騒動になった原因は、2ちゃんねらは『のまネコ』の営利利用に怒ったのではなく、その『のまネコ』の元になったとされる『モナー』をパクり、独占的に利用しようとしたことにあるのだと思う。これはつまり、avexが『のまネコ』と称さず、『モナー』として扱っていれば、営利利用しようともこれほど大きな騒ぎにはならなかったのではないだろうか。
また、この騒動からモナーなどのAAを守るために、何らかの対策が必要だということが良くわかった騒動だろう。他の方が言うように、AAの保護団体を設立するなどして、商標登録をすることによってAAの自己防衛すべきではないだろうか。とはいえ誰がその団体を運営するの?といった問題が山積みであるが。
*1,電車男は、後にリアルでの大流行で大量の新規流入者が発生した。それにより古参住人と空気の読めない新規住人の対立を生み、電車男批判が上がったが、これは営利目的利用批判とは論点が違うためスルーした。
文章ページの「考察・主張」の項に、過去記事の注目記事へのショートカットを追加しました。
某ぎんこぎんこうるさい紳士に一言申す。キサマ、活躍しすぎだ!。てかお前、私がFateプレイし始めていると知って、メッセ飛ばしてきて色々語っていたとき、この展開を知りながらニヤニヤしながら優越感に浸っていやがっただろ!。チクショウ、何て野郎だ!。嫁にあることないこと言いふらしてやる。
私信はここらで終わらせて感想。エンディングは、こう、ハッピーエンドってなわけではないです。ですが、なんというか安らぎがある、といえばいいでしょうか。たとえるとCROSS†CHANNELのような終わり方ですかね。ハデさは無いのですけど静かさ、清らかさがある。私はこういったエンディングは割りと好きです。
前にも書いたけど、テキストに関しては、やはり戦闘描写のテキストは凄みがありますね。映像・効果音エフェクトと交わって非常に迫力が高い。しかしながら日常描写のテキストは個人的にはイマイチかなー。途中良く眠くなったし、というか寝落ちしたし。丸戸史明のようなテキストを経験してしまうと、どうしても面白みと勢いが見劣りしてしまうなぁ。
キャラクターの能力についても、ちと不満があるな。ランサーの能力のように、言葉と論理の魔術で「うはwwwスゴスwwwwでもアリエネスwwwwww」とか言わせてしまうような代物は、私は大好き。だけど、後半に出てくる能力はどれも聖闘士星矢のように大味過ぎて好かん。強さのインフレにも陥っているしな。もうちょっとステキ論理な能力で攻めてもらいたかったところ。
以下ネタばれ注意
EDでの桜とイリアの関係はありえないだろ。だってイリアは桜の兄の仇じゃん。いくらなんでも、この二人が仲が良いというのはちょっと・・・。あと、わりと死亡者少なかったなぁ。最後の凛だって何で死ななかったか不思議だし。月姫だと悲惨なくらい殺しまくってたんだけどなぁ。
2005年度衆議院選挙の結果について言及している記事をまとめてリンクしてみました。しかしながら全ての言及にリンクしようとすると、不毛な上に、全体的な主張のレベルが低下するため、感想レベルの言及や重複する主張にはリンクを貼らないなど、ある程度ふるいにかける事をご了承ください。また、なるべく偏らないように、多方向の視点からさまざまな主張を取り上げるようにしています。
14日、1件追加。
私自身も今期の選挙は自民党が優勢だろうなとは思っていましたが、まさか300超も議席を獲得できるとは思いませんでした。それに伴い、政権交代を求めていた民主党は大幅に議席を減らすという結果に。民主は微減くらいかなと考えていましたが、予想以上に自民優勢の風が大きかったようです。もう一つ意外だったのは社民党が5議席も確保したことでしょう。正直、社民は生き残れないと思っていましたが、まだまだ地域によっては根強い支持があるみたいですね。
それでは、今期選挙での自民党の勝因を素人ながら分析してみようと思います。
自民党はこの選挙期間中、ひたすらに郵政民営化を訴えてきました。自身らの議席を減らしかねない造反議員の切捨てを行ってまでです。そのため、造反組みからは独裁だと言われ、野党からは郵政改革だけでその他の政策が見えないと言われ、批判も大きかった。しかし、蓋を開けてみると自民党の圧勝。これはどういうことなのだろうか。
まず、国民は何を求めていたか。それは先行きの見えない国政からの脱却、つまり「変化」を求めていたのだと思います。それは造反議員の半数近くが今期選挙で落選していることから、そう読み取れると思います。だけど、それならば「政権交代」を掲げる民主が優勢になるのでは、と思われるでしょう。
しかしながら、自民党は国政に大きな変化をもたらす郵政民営化政策を、衆議院解散、造反議員の切捨て、などと強行的に推し進めることによって、国民に自民党の国政改革への「意欲」を大きくアピールしたわけです。それは民主党の掲げる「政権交代」の文字が陰に隠れるくらいに。
そう、つまり国民は自民党の演説だけではない、行動を伴った大きな改革への「意欲」に突き動かされたのではないかと思います。これでは政権交代を訴えるだけで何もしていない(ように見える)民主党には勝ち目は無かったと言える。
Bewaad氏の選挙結果を見てのファーストインプレッションにあった構造改革支持率変化のデータでも、やはり国民が改革を求めていたことがわかります。
はい、先日の記事でFateにハマっている、と見せかけて『太閤立志伝4』をやっていた浜尾祐です。こんばんわ。というか、その他にも『The 地球防衛軍2』や『パティシエなにゃんこ』、『FOLKLORE JAM』と、いろいろ掛け持ちして同時進行プレイしていたりします。
今回紹介する『太閤立志伝4』は、歴史ものに強いkoeiの歴史シミュレーション作品。私がプレイしたことのあるkoeiのシミュレーションは『信長の野望 天翔記』だけですが、この天翔記が「戦国大名になって天下統一を目指すゲーム」とすると、太閤立志伝は「戦国時代の一人物になって乱世を生きるゲーム」です。太閤立志伝4は戦国大名だけでなく、一武将、商人、忍びにもなれる、つまりゲーム性が広く作られているのだ。
このゲームの良いところは、とりわけ自由度が高いところです。普通に秀吉のように立身出世して天下狙うも良し、商人になって富豪を目指しても良し、忍びになって乱世の裏で活躍するのも良し、剣の道を究めることだって出来る。その他にも酒と博打に溺れて嫁に逃げられたり、家臣に見捨てられて大名の座を追われたりも出来るステキ仕様。
また、このゲームはやり込み性が非常に高い。プレイできる主人公の数が650人と好きな武将で遊ぶことが出来る(初めは藤吉郎(秀吉)しか選べませんが)。そしてこのゲームの醍醐味はカードシステム。ゲームシステムをカード収集という形に置き換えられており、判りやすくかつやりこみ性の高い出来に仕上がっている。。
しかしながら、この『太閤立志伝4』も他のkoeiの歴史シミュと同じように、高時間プレイになると作業的なプレイングになり易く、途中でダレるという欠点が残っている。特に国主くらいになると、主命が『○○家を攻略する』といった漠然なものとなり、その家を攻略するまでの過程が「評定→合戦→評定→合戦・・・・」という風に固定しやすいことが原因だろう。それに合戦は単純過ぎる上に、自分の腕よりも運が結果に作用するような作りなこともダレやすい原因だろう。
それにしても、十数時間ぶっ続けでプレイしてしまったこのハマり度は素晴らしい。しかも現在ではこのソフトはPS2で廉価版が出ており、たいへん安いという利点もある。歴史シミュレーションというジャンルはなんとなく小難しい印象があって避けられがちでありますが、『ゲーム』として作られている以上、プレイヤーを楽しませよういう作りであることは確かなんですよ。だから歴史シミュだからといって避けてしまっては、ある意味自分から面白いゲームをプレイする機会を奪うことになっていると思うのですよ。だからね、悪いことは言わない、一度くらいプレイしてみてはどうだ?。
でか盛り選手権で喫茶マウンテンが登場してて吹いた。もちろん2ch実況版はマウンテン登場と同時に大盛り上がり。喫茶マウンテンはネット上ではやたら人気があるという裏づけに。こういう時、速攻で2chブラウザから実況版を開いて反応を見てしまうあたり、自分も大分2chに依存してるなと思う。
そういえば序盤に「キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!」のテロップもあったなぁ。電車男以降、こういう2ch発(ネット発)の用語が公共の電波に乗るようになってきたように思う。一般でもブームになってきたということなんだろうけど、やっぱり、うれしいという気持ちがある反面、さびしいという気持ちも湧き上がりますな。
あと、次週予告でまた飛び出た。
『アキバ王選手権』
( д) ゚ ゚
激しく今更だけど、夏に買ってきたFateをプレイしています。とりあえず戦闘シーンの演出が効果音と相まってカッコイイ。ズバッと繰り出される斬撃、弾ける火花 キャラクターの鬼気迫る表情、絶えず切り替わる画面の躍動が実に熱い。燃えゲーとして資質はビジュアルノベルの中でも非常に高い部類だろう。
月姫のころから思ってたんだけど、奈須きのこ氏のテキストって表現が過剰だよな。「オイオイ、そりゃありえねぇだろ」と言いたくなる様な表現を、恥ずかしげも無くガンガン使用できる、その図太い神経に感服します。 ゲイボルグの「心臓を突くという事象を既成事実化した後、槍を繰り出すことによって、その既成事実に沿って心臓が貫かれるため、回避することが不可能」とか、つい吹き出してしまったよw。
システムに関しても、かなり良質なものだと思う。特にメッセージスキップは従来のようなテキスト早送りだけでなく、1シーンそのものをスキップする機能が装備されている。これはTYPE-MOONでは月姫のころから装備されているものですが、これがあると無いとでは便利さは段違いだと思います。あとセーブ領域も大きく確保されているのも良い。これにクイックセーブ・ロードが出来れば完璧なんだけれど。
私はテキストサイトを始めてもう3年になる。同時期に開設したサイトが次々と姿を消す現状をみると、この界隈の厳しさを強く感じさせられます。そんな中、これほど長く続けられると感慨深いものがある。
さて、私がサイトを開設してから今までに、界隈の中で大きな変化があった。それはブログの流行だ。これにより、新規に始める人だけでなく、今まで一からhtmlを書いてテキストサイトを運営してきた人の多くも、ブログツールに乗り換えるようになったのだ。
私はこのようなブログの流行に対し、悔しいという思いがある。ブログにはトラックバック・コメントという機能がある、ということも少なからずその悔しい要因にある。だが、もっとも強い要因は、開設者が無知識でそれなりのデザインを備えたWebサイトを作れるということだ。
ブログツールというものが存在しなかった昔は、Webサイト開設にあたり、まずhtmlの書き方を学ばなければならなかった。htmlはプログラミング言語と比べると非常に簡単であるが、それでも初めてふれるコンピューター言語は悪戦苦闘したものである。また、html手打ちのWebサイトの場合、htmlを使えるようになっただけでは使い勝手の悪い稚拙なサイトしか作れない。魅力あるWebサイトを作るにはhtmlの知識に加え、さらにCSSの知識、ユーザビリティ、アクセシビリティ…と様々な知識が必要になるのです。
しかし、今ネットに文章を発表しようとするならば、htmlを学ばずとも、適当なブログツールを借りれば、あとは文章を書いて投稿するだけだ。しかもそれが見た目も使い勝手も及第点以上とくる。
私は開設当時、浪人中で、受験勉強の合間にhtmlやユーザビリティの知識を独学で学んで身につけていった。その知識を使い、自分のサイトの見栄え、使い勝手、読みやすさを向上させ、そういった地道な努力で理想とするテキストサイト像に近づけてきた。それが、気づいたときにはブログツールが広まったことで、私の身につけた知識の重要性が弱くなってしまっていたのだ。
ブログツールの登場によって万人が気軽に文章を発表できる機会が広まったということは良いことだ。それはわかっている。しかし、私の知識の価値が薄れてしまったと思うと、釈然としない気持ちになる。私は何のために努力したのだろうなと。
だが、それらの知識は無意味になったわけではない。ブログも完全ではなく、手直しできる点はある。それらを改善するには前述のような知識は不可欠だ。
また、htmlから作り上げたWebサイトにだって良い点はある。ブログツールを使うと、どうしても周りと似たようなデザインのサイトに仕上がってしまう。それに比べ、html手打ちのサイトは1からサイトを組み立てるため、デザインが個性的になりやすいのだ。つまり他者との差別化を図ることが出来る。
とはいえ、今後html手打ちサイトのテキストサイトは姿を消してゆき、それに変わってブログツールを使ったものが主流になることは間違いないだろう。それはReadMe!の新作ランキングを埋め尽くすブログの数を見ても明らかだ。そしてブログは、さらに簡単で、高機能になって繁栄していくだろう。だが、html手打ちのテキストサイトもまた、細々としてではあるが生き残っていく。
技術は年々進歩していっている。ご飯を炊くのも炊飯ジャーの発明で楽になった。だが、釜で炊いた飯は今も変わらずうまい。
余談。実はリニューアル案に、MTの導入も考えていました。でも考えてみたら、新しく借りたスペースはMTの動作環境をみたしていなかったorz。