『SUGAR』が非常に面白かったため、同じ作者の『キーチ!!』を探して読んだのですが、こちらも凄い。今現在7巻まで出ているのですが、市内の書店では2巻までしか発見できなかったので、とりあえず1,2巻の感想を書きます。
この漫画は凄い子供「輝一」が凄まじく生きるヒューマンドラマ。幼稚園児なのに泣くことを知らず、迷子になれば電車に乗って海に出てしまう、力強く行動力あふれる子供。それらキーチの一挙一動がどれも面白い。
キーチパパもこれまたカッコイイんだわ。普段は親バカ気味の甘やかし親なんですが、幼稚園の運動会で、態度の悪い同じ園児の父に対する強烈な感情が込められた行動が実にカッコよかった。自分の息子をこのシーンをみるとキーチは父親似だということがよくわかりますね。
しかし、私的にはもう少しこのパパとママと幼稚園での日々を描いてほしかったなと思う。やっとキーチの人間関係が見えてきたところで行き成りリセットだしなぁ。だけど「3巻まではプロローグに過ぎず、小学校へ上がってからがキーチの本領発揮」と言っている人もいるので、「これよりさらに面白くなるのか!」という期待もまた強いです。3巻以降を見つけたら即買おう。
前に1,2巻だけ読んでいたのですが、そのころはあまりこの漫画が面白く感じられず、放棄していました。しかし古書店で以降の巻を読んでみると、この漫画に物凄い勢いで引き込まれている自分を発見し、こりゃいかん!と全巻購入。すげーです、この漫画。
内容はボクシング漫画なのですが、同じボクシング漫画の『はじめの一歩』とはイメージが全く違うんですよ。一歩が「努力と根性」のボクシングとすれば、シュガーは「天才による天才的」なボクシングなんですよ。同じ実力者同士の良い勝負を見せるのではなく、圧倒的な実力差で相手を華麗にねじ伏せる快感を魅せているのですよ。当たり前のようにパーフェクトゲームが繰り出されます。
また、漫画内の世界観の構築も全く違う。一歩は「世界にボクシングしか存在しないんじゃないか?」と錯覚するくらい漫画の中心にボクシングを描いていますが、シュガーは何て言えばいいんだろう。世界観は極めてリアルですが、そのリアルな世界に存在する人物はイカれ狂っていると言えばいいか(まともな人物もいますが)。
そして私が引き込まれているであろう、読者を置いてけぼりにしつつ突っ走る圧倒的表現力。ナレーションのように説明的にならず、読者に「自分で判れ」と言わんばかりのテンポ。わかり難いようで的確すぎる人間描写。あー、この素晴らしさをどのような言葉で説明したらいいかわからん。
ブラッドレイ大総統閣下メチャカッコイイ(*´д`)。今巻最後のコマの閣下の圧倒さ。豪快な斬撃といい、金剛力士の如き憤怒の表情といい、心が打ち震えますね。
しかし、またいいところで終わってるなぁ。私はガンガンでも連載追っているからこの次の展開は知っているんだけど、このシーンの連載時、「ええ!?次号どうなってしまうんだ!」と、次号の展開を期待に身を震わせましたな。
夜、空を見上げると満点の星空。この中に宇宙人の住む星はあるのだろうか。誰でも一度はこう考えたことがあるだろう。しかし、なぜ宇宙人は地球人と接触しないのだろうか。
この疑問について、まず宇宙人はいるかいないかを考える必要がある。当たり前だが宇宙人が存在しないのであれば、宇宙人と接触することはありえないので、宇宙人はそもそも存在しないからで解答がだせる。
では、宇宙人はいないのか?。今のところ宇宙人の存在を確認したという公式報告は存在しない。そのため、一見、論理的には宇宙人は存在しないように思える。だが、それは間違いだ。なぜなら地球人も大きく捉えると宇宙人の一種であり、我々地球人の存在が宇宙人の存在を証明してしまっているからだ。
また、全宇宙には地球人しか存在しないと仮定すると、全宇宙に存在する惑星に生命が存在する確立が、「(生命体の存在する惑星の数)/(全宇宙に存在する銀河系の数)×(銀河系に存在する恒星の平均数)×(恒星が惑星系を持つ確率)×(惑星系に存在する惑星の平均数)」という式で計算され、これに適当な推定を交えながら代入していくと、「1/(1011)×(2×1011)×(10-1)×(9)」となり、計算すると「1/(1.8×1022)」という奇跡的すぎる確立になってしまうため、地球人以外の宇宙人も存在すると考えたほうが妥当だと思う。
(注)かなりインチキな計算式なのであまり信用されると困る。
分母の数字の根拠は左から「一般的に言われている銀河の推定数」、「一般的に言われている恒星の推定数」、「2003年12月段階で、104の太陽系外惑星系が発見され、そのうちの13個に複数の惑星を持つことを確認されていることによる。その数字を端数を切り捨てて計算しやすいように簡略化。」、「太陽系の惑星数」。
では宇宙人が存在するならば、何故宇宙人は地球人と接触しないのだろうか。一番有力であろう理由は「物理的に不可能」。光年レベルで離れている星間距離をやり取りすることは地球の現在の科学力では実現不可能である。空間歪曲を利用したワープなら不可能ではなさそうに見えるが、その空間歪曲という工程が、宇宙にある全エネルギーの10倍のエネルギーを要する事が判明したため、実現不可能だということがわかっている。そのため新たな物理的新事実が発見されたりしない限りありえないことになる。
次に、宇宙人に星間移動が可能な技術があると仮定して、地球人と接触しない理由を考えてみる。そもそも宇宙人が地球人に接触することに何のメリットがあるのだろうか。星間移動の可能な技術を持つ宇宙人が地球人の技術を求めるということは考えにくい。地球の資源を求めて、というのも、数多く存在する天体の中からわざわざ知的生命体の住む天体の資源を求める理由が無い。労働力を求める、というのも現人類でさえ労働力の機械化がめざましい事から考えにくい。このように考えていくと、宇宙人が地球人に接触する理由は多くないと思われる。
逆に、宇宙人は地球の文明保護を理由に接触を避けるのでは無いだろうか。戦争、テロが起こり続ける政治的に不安定な社会に高度すぎる技術の流入は混乱に拍車をかける。また、その混乱による攻撃の矛先が宇宙人にも向けられかねない。そのようなデメリットも考えられるのではないとかと思う。
最後の一つ、実は宇宙人とは既に秘密裏の交流があるという説。上のような混乱を抑えるため、政府の秘密裏に宇宙人と交流を行い技術提供を受けている、という考え方だ。この説が正しいとするならば、世界中からよせられるUFO目撃談(どれも信憑性が薄いが)も納得がいく。映画「Men in Black」のように、実は人間に化けた宇宙人が身近に居るのかもしれない。
以上、宇宙人の可能性についていろいろ論じてみましたが、確たる証拠が無い以上、これらの論は想像上の産物でしかなく、思考遊びでしかない。「そうだったらいいな」程度のものである。ちなみに私は「宇宙人はいるけど接触は物理的に不可能派」。
創刊されて半年(くらいだったっけ?)経った、この漫画誌。私はかなり注目しています。方向性はまだまだ模索中のようですが、良い作家が多く集まっていると思います。
天体戦士サンレッド
ご近所との付き合いが良い悪の秘密結社の幹部ヴァンプと、そこらのチーマーのようにしか見えないヒモの正義の味方サンレッドが繰り広げる生活臭漫画。この漫画に登場する人物の行動一つ一つがどれも生活臭を臭わせていて、普通のヒーローものとのギャップが面白いです。漫画の登場人物のとる行動を見て、つい「あるあるwwww」と思わせられます。たとえば、満員電車などで一人分の席が空いてるんだけど、他の人は立ったままでいるのに自分だけ座って楽するのはなんとなく心苦しいみたいに。こういった日常生活における些細なことを描くのが巧いのです。
WORKING!!
『まんがタイムきらら』で人気作家となるべき人物が間違ってこの雑誌にきてしまったとでも言えばよいだろうか。あずまんが系とかトリコロ系のように、個性あるキャラクターによるホンワカな人間関係と日常を描いた4コマ漫画。あずまんがやトリコロが好きな方にはぜひお勧めしたい。
テレビ・新聞では毎日のように郵政民営化問題で記事を賑わせていますが、ネットではそちらは全くと言っていいほど話題に上がりませんが、それはもっぱら人権擁護法案がネット世論の渦中の中心にあるからです。
この人権擁護法案は、表現の自由を侵害され言論弾圧が起こる、などと2chなどを中心に反対運動がなされています。これらについて、私はそのようなことは起こりえないと考えていますが、その内容に関することは、私よりも詳しくまとめられている方が大勢いらっしゃいますので、そちらを参照ください。
さて、本題。私が人権擁護法案反対運動の何に不信を抱いているかというと、運動が不誠実に、そして過激になってきているからだ。具体的にはデマの流布・ダブルスタンダードの容認、過剰な電凸・メル凸である。
例を出そう。2ch/極東板/【2ch全板】人権擁護法案反対最高司令部★【統括】4。人権擁護法案反対論が根強い2chの中でも、中心的な位置あるスレは、この極東板のスレとVIP板のスレである。これらのスレを読んでいくと、所々に「工作員」という単語が見受けられる。この単語はスレ住人には「反対派を装った情報操作・荒らしなどの妨害工作を行う賛成派」と解釈されている。しかし、現実には反対論へ批判・反論を唱える者を「工作員」とレッテルを張ることによって、批判・反論者を絶対悪として意見を封殺しているのが実情だ。
もちろん、誤情報を流す者、スレを荒らす者も存在していることは確かだ。だが、それらに対しても「工作員」としてレッテルを張るのも早計だ。なぜなら、それらの情報操作・荒らしが賛成派による行為という証拠が無いからだ(少なくとも私は証拠が挙がったところを見たことが無い)。そのため、荒らしを工作員と呼ぶ行為は、根拠も無く「荒らし=賛成派」という風に結ぶ付ける印象操作でしかない。
また、スレ中の法案解釈はスレ数を増やすごとにアジが酷くなり、今では「人権擁護法施行後の日本はイラクより危険だ」「人権擁護委員に逆らうと命の保証が無い」などという意見が無根拠で飛び出すようになっている。反対スレでは各所に電凸も盛んであるが、威力業務妨害のようにも受け取れる電凸報告も見受けられた。
2ch外もまた油断ならない。『アジアの真実』という有名ブログであっても、反論により主張が論破されダブルスタンダード状態に陥った状態でデマを流布し続けていたりする。結局は誰の意見であっても無条件での信用は避けるべきで、各個人が論理思考を身に付け、リテラシー力を高めていくしかない。
参考
私のジャンクメタル内での活動記録SS。
画像が荒くてスマソ
ここ最近のジャンプ新連載陣はパッとしない作家が多いなと思っていた矢先、とんでもないボディーブローを貰ってしまいました。そのため横隔膜がぶっ壊れて笑いが止まりません。とにかく素晴らしく面白いです。
この漫画はタイトルどおり推理漫画なわけですが、何もかもが普通の推理漫画とは大きくかけ離れている。その一つが奇抜すぎる絵。私は1話目の噴出しシーンで、完全にこの漫画に釘付けですよ。明らかに人体の総血液量を超えているとしか思えない量の血を、マーライオンの如く吐き出す被害者の図があまりにもステキ過ぎます。そして有名な『ドーピングコンソメスープ』!。コンソメである必然性は全く無いが、コンソメであることが読者を引き付けてならない、このステキ料理を注入(たべ)る事によって形作られる気持ちの悪い筋肉。これには多くの読者達が湧き上がり、ネット各所で話題になりました。 これらような強烈なインパクトを誇る絵が大量に出てきます。
また、この漫画がステキなところは絵だけではない。犯人の犯行動機がまたステキだ。人の不幸を見て快感を感じるため、究極の料理を完成させるため(ドラッグ入り)、自分の属する集団の中心に自分が立っていないと気がすまないため、などと現れる犯人どいつもこいつもサイコ野郎ばかりなのだ。この漫画を読んでいると、犯行動機に積年の恨みとか答える犯人が生温く感じます。漫画に限らず、小説、ドラマと推理物の犯行動機は恨みというのがセオリーとなってしまっている中、その流れに逆流するかのようにイカレた犯行動機を挙げる犯人たちに「やってくれたぜ!」という読者の思いがあるのでしょう。
とまあ、この漫画は普通の漫画を読み飽きたコミックジャンキーや、ジョジョ的な表現にエクスタシーを感じる方に大変お勧めしたい漫画です。
前回の更新から既に2ヶ月。リニューアルがまだ終わりそうにないので、とりあえず鯖移転だけ先にさせて更新再開することにする。
新しいURLは"http://haijinrui.info/"です。リンクやお気に入りのURL変更をお願いします。前URLにアクセスしても、リダイレクトでこちらにぶっ飛ばしていますが、そのうち前のは消えるかもしれないので注意してください。
更新は再開しますが、最近自分のダメさ加減に自暴自棄気味であるため、あまり更新できないかもしれません。ああ、学校投げ出してぇ・・・・。
7月も終盤、もう既に夏休みに突入している方も大勢いらっしゃるでしょうが、私はまだ大学の期末試験が続いています。大学の教科は高校以下のように数学、物理、化学・・・といったように科目分類が大まかではなく、電気回路、電子回路、電気磁気学・・・など細かく分けられた科目から選択してとっていくので科目数が膨大であり、それぞれの科目で試験を行うため試験期間が2〜3週間と長くなります。
試験では高校・大学受験のように座る席が学籍番号の順によって決まっており、教室前もしくは黒板などに貼られている席順のプリントを確認して、自分の席に座ろうとします。
ですが、時折その自分の席に、前後の席の仲間とだべって居座っている人がいたりするんですよね。まあ、声をかければ普通に席を退いてくれるのだろうが、談笑の空気に水をさしたくないというか、気恥ずかしいというかで、声をかけるのがためらわれるのですよ。
まあ、時間は余裕あるしと、校内のロビーで適当に本を読んだりと時間を潰すことにします。そして数十分時間を潰し教室へ戻ってみると、まだ自分の席に居座っている。またロビーに戻るというのもアレだし、そこまで時間は無い。しかし声をかけるのはためらわれるので、試験中にトイレ行きたくなると困るため、ちょっとトイレに行って時間を潰すします。別に尿意をもよおしているわけではないので、便器の前に立ってもなかなか出ませんが、時間をかけて無理やり搾り出します。
そろそろ私の席から退いて自分の席に戻っているだろうと教室に戻ると、まだ居る。だが声をかけて退いてもらうというのは嫌だ。今度は時間つぶしのために大して飲みたくも無い飲み物を買いに行く。そのとき、自販機の前で「試験中に眠気をもよおさないようにコーヒーがいいか?。いや、糖分をとって頭をすっきりさせようか?」と無駄に悩んでみたり、わざわざ財布の中に余った10円を投入して、必要以上に時間をかけます。
さすがにもう自分の席に戻っているだろうと教室に戻ると、それでもまだ居座っている。こうなれば完全に意地だ。自分の席の前で、前から席の数を数えてみたり、自分の席と席順を貼りだした黒板とを往復してみたりと、必死に相手に気づいてもらおうとする。でも、大概相手は話に夢中で気づかない。
よくありますよね、こういうことって。